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父と田んぼに学んで

早朝、父と一緒に『溝切り』という田んぼ仕事をした。田に鋤き込まれた稲わらなどが分解され発生するガスを抜き、また秋の収穫に備えて田を乾かしコンバインなどが埋まらないようにするのが目的だ。作業した田んぼの広さは奥行100㍍、幅30㍍程でなかなかの重量労働。それが3枚分。田んぼ1枚が50㍍プール約2面分と言えば広さをイメージしやすいかもしれない。

「兼業農家は農業を続けるために務めに出るんだ」と父に教わった。24歳で兼業農家となった父は、平日は早朝から田んぼに入り、その後は通勤。土日の休日もなく農作業に明け暮れる。GWも田植え、年休は稲刈りで消える。そんな生活を約40年も続け、その傍らで農業委員としての活動してきた。そんな父だが、いよいよ来年に退職を控え、コンバインや乾燥機など高額な農機が壊れたら田んぼを止めるという。

米作りには沢山の農機が必要で、コンバイン(稲刈り機)だけでも400万もする。一式揃えるには1000万円を超える出費となる。その為に農家は兼業化し、会社の給料を営農に充て支えてきた。生産費を大幅に下回る米価で、作れば作るほど赤字が広がる計算。農業経営はただ働きの計算によって成り立っている。

父の場合、兼業収入で何とか維持してきたが、退職後はあまりに高額な農機の買換えが出来ず、故障したら離農せざるを得ない状況だ。“農地を荒せない”と、高齢で米作りが出来なくなった方から田を引き受けて頑張ってきたのに...。私もとても悔しい。これは我が家だけではなく、多くの農家は似たり寄ったりの状況だろう。

アメリカでは生産コストの9割まで収入を補償し、農家を手厚く保護する政策をとっている。それは、農業を国民の命を支える産業として、そして国家の安全保障の柱として位置付けられているからだ。食べ物がなくなったら飢えるしかない。世界では気候変動で農地が減り奪い合いとなっており、いつまでも食料を買える時代ではないのに、日本政府の姿勢は時代遅れも甚だしい。

政治の最も大事な仕事は、戦争をしないこと、国民を飢えさせないことだ。地方にとっての基幹産業は一次産業であり、保護し更に発展させることは国民の命に責任を持つ政府の重要な仕事のはずだ。

一次産業の衰退が地方の疲弊につながり、少子高齢化、過疎化に直結している。地方で人々が生活してゆくために、その点でも一次産業を国が基幹産業に位置付ける必要がある。一次産業を再生し、地方を再生する。その方向に今こそ舵を切らなければならない。

私は雄和で暮らすまで田んぼに入ったこともなかったが、父から農業について沢山のことを学んできた。正直、仕事をしながら田にんぼ入ることは大変だが、どんな時も求めがあれば可能な限り作業を共にしている。それは農家の苦労を知りたいという思いもあってのことだ。

田んぼをやめる話をする父に、「寂しいね」と言ったら「あなたは政治で身を立てろ」と返された。マジでしびれた。

父がいつまで稲作農家を続けられるかわからないが、続くうちは父を支えたい。

大事なことを教えてくれる父に感謝。
いつもありがとうございます。
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