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核兵器禁止条約

核兵器禁止条約が採択された。本当にうれしい。そして、この歴史的な条約に日本が加わっていないこと、多くのメディアがまともに報道していないことがとても悲しい。

死んだ親父が民医連加盟の秋田中通総合病院で、自らの意思と地域活動の一環として、地域で核兵器廃絶署名を集めていたのは30年も昔のことだ。生きていれば、親子でどんなに喜び合えたことだろうか。父は兄を誘って長崎に行ったことがある。当時はその目的もわからなかった。どんなスケッチで兄に核兵器を語ったのか…。

私がまだ幼かったこともあってか、父は私に活動のことを語ることはなかった。でも不思議とその思いは引き継がれた。核兵器廃絶の運動は、被爆者だけでなくそれを願う多くの市民によって粘り強く取り組まれてきた。その人の周囲に大きな影響を与えながら、さらに広く活動の担い手を広げながら。

核兵器禁止条約が採択されたことは人類史の大きな一歩と言えるほどの出来事だ。でも核兵器がなくなったわけではない。戦争被爆国である日本政府の立ち位置を、本当の核兵器廃絶に正す必要がある。それが核兵器廃絶へ私たちのできる一番の貢献に違いないと信じる。
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